


麻の季節がやってきた。
告白すると、麻(リネン)は苦手な素材だった。
今は「リネン大好き」という女性が増えているから、長く肩身がせまかった。
「リネンのある暮らし」なんていうキャッチで 暮らし上手を象徴して「記号化」されているのにも、ちょっと抵抗があった。
美しいけど、ごわごわと張りがある。買ったときはパリっとしているのに、一度洗ったとたんにテロンとしわがつき、扱いは手強くなる。アイロンも大して効きはしない。使って1、2回で放りだしてしまい、ずいぶんと長いこと、私は麻を持て余していた。
そんなある日、料理好きの友人からお惣菜を分けてもらうことがあった。パックされたお惣菜は布に包まれていた。ざらりとして、でもなぜかしなやかな張りがある。私は最初、それをなぜか化学繊維だと思った。実はそれは、何年も使い込まれた麻のキッチンクロスだった。
あぶらが抜け、繊維っぽくなり、くたくたで、それでも張りがあり丈夫だった。そのまま使ってくれていいという。しなやかで水をよく吸い、すぐ乾き、蒸し料理をするときはさらし代わりになり、寝かせているお菓子の生地などにかぶせておくのもよかった。麻とはこんなに使いやすいものかと、このとき初めてわかった。とことん使い込まれることで、麻は使う人の一部になるのだ。自分はその時間が待ちきれず、すぐにあきらめていたのだった。
こんなこともあった。綿かと思って買ったふとんカバーが、麻だった。麻への苦手意識はまだあったから、数ヶ月はそのごわごわとして粉っぽい素材感に、やや不満を持ちながら眠っていた。
ところが、それはある日突然くるのである。
リネンが自分の肌と体温を覚えて、とたんに素材感をとろりと変え、体に吸い付いてくる。そうなれば、長い繊維による張りやしなやかさの心地よさは、他の素材と比べようもない。洗いたての綿のさわやかさも捨てがたいが、リネンは忠実な僕のように「使う人の一部」になってくれる。これがリネンの奥深さで、これは一度体験してみなければわからない。
ある食事の席で、イタリアから麻製品を輸入するご夫婦と一緒になった。ふたりが扱うテーブルリネンは、イタリアの職人が柄まで織りで表現する美しいリネンだ。「麻は繊維が長くて強いから、どんな生地よりも暮らしの中で長く使える布なんですよ。アンティークリネンという言葉はよく聞くけど、アンティークコットンとはあまり聞かないでしょう」と言う。
麻は使い込んで、数年目以降からがよいのだという。彼らが扱う商品は何十年も使い込める高品質の麻で、テーブルランナーで市価25000円ほど。「一度買えば、ずっと使える。けれどもそれだけ出せば、品質が落ちてももっと大きな綿のテーブルクロスが買える、とお客さんはなかなか手を出してくれないんですよ」と苦笑する。以前の私のように、素材とのおつきあいに気づかない人が多いのだろう。
リネンを自分のものとする。そこに楽しみを感じる、とはあるリネン好きの言葉だ。素材ととことんつきあって、その手で「質(たち)」を手なずけ、長く使いこなす。
私たちはそのよろこびを、いつから忘れてしまったのだろう。


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