


和の建築の床、というとすぐに畳が思い浮かびます。しかし、板の間も暮らしてみるとなかなか楽しいものです。
我が家は、燐寸箱のような小さな家ですが、板の間が結構たくさんあります。女性的な柔らかさをもつ畳の部屋に対して、板の間は凛とした空気がある。異なる2つの空間が混在することで、家の中に心地よいメリハリがついているように感じます。
これからは、素足が心地よい季節。板の間は、すぐにべたついてしまうので、固く絞った雑巾でぎゅっぎゅと拭いて、こまめに手入れします。使い古した日本手拭いでヌカ袋を縫い、ときどきツヤがけもする。木という素材は、拭けば拭くほど輝きが増します。それが面白くて、床やら木製火鉢やら、木のものばかりを磨いてしまう。私も日本の女なんだなぁ、と変なところで実感しています。

私のささやかな書斎も板の間です。仕事がら机に向かうことが多いのですが、思考が行き詰まると、足袋に履きかえ、能の稽古をして気分転換を図ります。稽古といっても、板の間に立ち、ただ歩くだけ。一見、簡単そうなこの所作が、実はとても難しく、私のような素人はまるで様になりません。ちなみに能では、履き物は用いず、どんな役も全て白足袋で演じます。
能の舞台を観ていて、ただ歩くだけの姿に、非常に心動かされることがあります。二三歩、前に出る。一二歩、後退する。そこから思慕や諦観などのさまざまな感情や自然の風景が流れ出し、静かな幻想に包まれる。さらに言えば、その能の物語を越えて、世界全体を描き出しているかのように感じられるのです。能に触れるようになって、自分のなかに初めて美という概念が生まれたような気がします。

板の間の上で、考えること。畳に座して想うこと。それは微妙に異なるように感じます。日本人にとって床は単なる家の構造体ではなく、文化を育む重要なシカケなのかもしれません。
水無月



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