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美しさと、強さと、自分らしさ。

木の家で、日本の美に出逢う 田村こたみ

第5回 音の美学

今年の夏は、雨の日が多かったように感じます。災害をもたらす豪雨は困りものですが、雨天の家ごもりは、なかなかよいものです。一戸建てに住んでいると、雨が屋根をたたく音や、風が窓を揺らす音、猛々しい雷鳴も直に伝わってくるので、改めて自然のなかで生きていることを実感できます。そしてなぜか、雨の夜は深く眠れるような気がします。

木の家のよさを上げはじめると枚挙にいとまがありませんが、ひとつ取り出して言うとすれば「音」の環境のよさがあげられます。ノブ式のドアを閉めるカチャリという金属音よりも、木製のふすまを引くシュッという、少しかすれた音のほうが耳に心地よい。和室の入室、退室にはお作法がありますが、単なる部屋の出入りにまで美しさを求めるのも、日本人ならではの細やかな美意識といえます。話が少しそれてしまいましたが、障子や畳、不思議な年輪の模様をもつ天井板など、自然素材に囲まれていると、たとえ無音であっても、包まれるようなあったか味、そしてなにかの存在が感じられます。
音といえば、あるご縁から近所でお三味線を教えていただいていたのですが、この楽器からは実に多くのことを学びました。三味線には、ビイ〜ンという雑音が混ざるように、しかけが施されています。「さわりをつける」と言うのですが、澄んだ音では、だめなのです。尺八や篠笛など、日本の笛も同様で、フルートのように清らかさを求める方向ではなく、ざらりとした自然音に近づこうという姿勢があります。日本と西洋では、音の理想が大きく異なっていることにとても驚きました。
お能の謡(うたい)の発声も、おそらく西洋の声楽とは考え方が大きく異なっています。天に向かうような西洋の声に対し、謡は地の方向に圧力をかけるような意識があります。そして、お能をとりまく能管という笛、小鼓、大鼓、太鼓の旋律は、とても抽象的です。慣れるまでは、面白みのない音に聞こえるかもしれませんが、固有のイメージがない分、聞き手にゆだねられる面も多く、それゆえお能の深い世界に心酔できるのだと思います。
さて、再び我が家です。ここは下町とはいえ都心ですから、やはりカエルやヒグラシの声は聞こえません。以前暮らした京都は、自然も豊かで今思えばとてもバランスのよい都でした。というわけで、久しぶりに京都に足を向ける予定です。
長月

障子の写真
障子
我が家の窓辺は、障子と御簾ばかりでカーテンはない。朝、障子を通してやわらかな光が差し込み、目が覚める。木と和紙でできた障子が、日常の音をやわらげているような気がする。
三味線の写真
江戸の楽器
三味線は、江戸時代に生まれた楽器。町人文化がさかんな時期に発展しただけあって、なんとなく庶民的でにぎやかな雰囲気がある。この三味線は、細棹と呼ばれる長唄用。
下駄の写真
下町の音
下駄をはいて歩く音は、なんともいえない心地よい響きがあって、歩いている本人の気持ちも盛り上げてくれる。この下駄は、三味線の師匠からいただいたもの。

今月のおすすめBook

松竹歌舞伎検定公式テキスト
『日本の古典芸能 名人に聞く究極の芸』
河竹登志夫
(2007 かまくら春秋社)
日本の古典芸能をはじめ世界の演劇に精通し、実際に舞台で活躍する俳優、奏者との交流も豊かな河竹登志夫先生の近著。片岡仁左衛門など歌舞伎俳優や能楽師など、さまざまなジャンルの名手との対談がおさめられています。

著者プロフィール

田村こたみ
田村こたみ
1969年生まれ。編集者・ライター。歌舞伎関連の編集など、日本の伝統芸能をテーマに活動。東京都品川区の下町にある木造2階建ての家屋に一級建築士の夫と住まう。
趣味は、長唄三味線、能。
バックナンバー
第1回 ちゃぶ台マジック
第2回 板の間に遊ぶ
第3回 制約の妙
第4回 社交する家
第5回 音の美学
第6回 京都再考
第7回 屏風恋慕
第8回 火鉢のじかん
 
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