


20代のころ、7年ほど京都に住む機会に恵まれました。京都は、こぢんまりしたヒューマンサイズの都。御所(京都御苑のことを、こう呼んでいました)にほど近い小さなアパートから、寺社仏閣や古めかしい喫茶店、そして大小さまざまなお祭りにわくわくしながら出かけていました。いろんな思い出が凝縮した京都の時間は、大事な宝物のひとつです。
その後、ご縁ができて移り住んだ東京で、ひょんなことから長唄三味線に出逢いました。この楽器を入り口に歌舞伎に親しむようになり、派生して文楽、落語、そしてお能へと、するすると日本の伝統芸能の魅力にとりつかれていきました。東京には毎月歌舞伎を上演する歌舞伎座をはじめ、落語の定席も4軒、それに能楽堂も結構たくさんあります。時間とお金があれば、存分に生の舞台を楽しめるのです。
でも。やはり、文化は京都にあるのでしょう。ここ数年、心がじりじりと京都に行きたがっています。そして先ごろ、その都へ出かける機会がめぐってきました。
まずは御所近くの河村能舞台で、定期研究能を拝見。年に数回しか行われない例会のようですが、幸い日程が合致したのです。見所(客席)が畳敷きで、あたたかな雰囲気の素敵なお舞台でした。お能が終わってから、木屋町三条の瑞泉寺で行われていた知人の出版パーティへ。暗い本堂に、あったかい光に包まれた仏様。お能の簡素な舞台とは一変して、ゴージャスな雰囲気なのですが、なんともいえない心地よさがあり、パーティ会場を抜けて、しばらくぼんやりと過ごしました。翌日は、相国寺で特別公開されていた法堂や方丈、庭園などを堪能しました。
そして、町家の宿です。昨年、はじめて町家に滞在して、すっかりそのとりこになりました。短いながらも京都に住んだ経験があるので、京都はある程度知っているつもりでした。でも、この宿で1晩過ごしてみると、まるで違う京都に出会えたような感覚に陥りました。京都根生いの「生活空間」である町家は、繊細さ、高貴さをもちながら、一方で不思議な親密さもたたえていて、人格のようなものも感じました。
今回京都を訪れて心を動かされた空間は、すべて木の建造物でした。もっと、たくさんの木の空間を体感したい。旅心はつのる一方です。
神無月





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