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美しさと、強さと、自分らしさ。

木の家で、日本の美に出逢う 田村こたみ

第7回 屏風恋慕

先日、上野にある東京国立博物館で「大琳派展」を見てきました。たいへんな人混みで、息苦しいほどでしたが、陶然とした気分にさせられる作品も多く、なかなか見応えがありました。

琳派とは、血筋を重んじる伝統世界にあって珍しく世襲に依らない流派です。荒っぽく説明すると、江戸時代初期に町衆出身の俵屋宗達に端を発し、約100年後に尾形光琳が宗達を私淑して優れた作品を生み出し、その約100年後に酒井抱一らが光琳の精神を受け継いだ。この一連の芸術の流れを琳派と呼ぶようです。琳派の「琳」は、中軸となった光琳の一文字。江戸時代は、格式高い茶道に対抗してカジュアルな煎茶が生まれたり、歌舞伎が誕生したりと、文化においてさまざまな新風が巻き起こった面白い時代です。
さて、最近でこそ日本美術系の展覧会によく出かけるようになりましたが、以前はとんと興味がありませんでした。美術館という非日常的な空間で眺める掛け軸や屏風などは唐突に感じましたし、背後にいかめしい雰囲気がたちこめているようで窮屈だったのです。年齢を重ねて、日本文化に興味を持つようになると、しぜんと日本美術にも関心が高まりましたが、やはりもうひとつという感じでした。
それが、ある時、はたと腑に落ちました。それは、前回も書きましたが京都の町家に宿泊したときのこと。この町家には、一級の美術品が惜しげもなく飾られています。壺、屏風、掛け軸、香炉。これらは、町家という場にしっくりとなじみ、芳醇な美的空間を作り上げていました。特に感心したのは屏風の美しさです。時間とともに刻々と変化する光を受けて屏風の表情は緻密に変化し、見飽きることがありませんでした。日本の美術品は、日本家屋で観るに限る。無機質な美術館に運ばれたのでは光を失ってしまうことが、はっきり理解できました。
そんなこともあり、屏風に憧れる今日このごろです。歌舞伎の舞台にも、屏風や襖絵がよく登場します。時代物の豪華なものはマネできませんが、世話物に出てくる枕屏風なんかうちに丁度いいかな、とあてのない空想をめぐらせています。
霜月

漆器の写真
漆器コレクション
日ごろの生活では、つい電気の灯りに頼りがち。でも、漆器などは自然光に照らされるときが一番美しいのかもしれない。器の映り込みをながめるのも楽しい。漆器は使うほどにいい艶が出るので、遠慮なく日常遣いしている。
陶器の抹茶茶碗
中村錦平の茶碗
恩師からいただいた抹茶茶碗。ポップな図案で、堅苦しくないところが気に入っている。茶道のたしなみがないので、なかなか使う機会はないが、飾って愛でている。
花の写真
野の花司の和の花束
銀座の松屋デパートのすぐ裏に日本の花ばかりを扱う「野の花司」という店がある。仕事で少しお付き合いがあった関係で、花束をいただいた。和の花は、楚々とした奥ゆかしさがあって和室にもよく似合う。

今月のおすすめBook

閑吟集を読む
『閑吟集を読む』
馬場あき子
(1996 彌生書房)
閑吟集とは、室町時代の流行歌謡を集めた小歌集。室町時代は、あまり注目を浴びないが、能が誕生した時代でもあり、実はとても魅力的。閑吟集の美しい日本語を平易に解説してあって、和歌や能についても理解が深まる一冊。

著者プロフィール

田村こたみ
田村こたみ
1969年生まれ。編集者・ライター。歌舞伎関連の編集、執筆など、日本の伝統芸能をテーマに活動。東京都品川区の下町にある木造2階建ての家屋に一級建築士の夫と住まう。趣味は、長唄三味線、能。
バックナンバー
第1回 ちゃぶ台マジック
第2回 板の間に遊ぶ
第3回 制約の妙
第4回 社交する家
第5回 音の美学
第6回 京都再考
第7回 屏風恋慕
第8回 火鉢のじかん
 
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