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[コラム]専門家からの提言!変わる日本の家づくり|「重量木骨の家」誕生秘話 世界初の家づくりシステムができるまで

構造設計家、播 繁氏が語る「重量木骨の家」。

ここは構造設計家 幡 繁氏コラムについて紹介しているページです。

「出雲ドーム」や長野オリンピックのスケート会場になった「エムウェーブ」など、木造の大型建造物の構造設計家として知られる、播 繁氏は、「重量木骨の家」をつくる「SE構法」の生みの親でもあります。そんな構造設計の第一人者、播氏に「重量木骨の家」の過去・現在・未来を聞くシリーズ。第1回目は、SE構法を開発するきっかけとなった阪神淡路大震災の体験から、「重量木骨の家」ができるまでのエピソードをうかがいました。

播繁氏

設計家というより、ひとりの社会人としてできること

構造設計の専門家、播 繁氏が新しい構法の開発に取り組むきっかけとなったのは、1995年1月17日に起こった阪神淡路大震災だったという。
「街の中心部を見て回った後、住宅地に足を伸ばしたら、いちばんひどいのが古い木造住宅でした。狭い土地にびっしり建ち並んでいる家が壊れると、道がふさがれてします。助けにいこうにもたどり着けない。自分の家だけでなく、街全体が崩れると、こんなに悲惨なことになるのか、と慄然としました」。
震災による死者は5,000人を超え、死因の多くは家の下敷きになったための圧死であった。設計家というよりは、ひとりの社会人として自分にできることはないだろうか、播氏の挑戦はここからはじまったのである。

自然の木は、構造計算できない

新しい工法の開発で、最初に着目したのが、大型建造物をつくるときによく用いる集成材だったという。
「なぜ、集成材かというと、性能が明確で、構造計算のできる材料だからです。生(なま)の木というのは、自然の素材なので、反ったりねじれたりする。だから、大工さんの経験だのみで、強度などのレベルを設定した基準が何もないのです。これでは怖くて使えないですよね」。
最大の課題は、木組みの接合部を構造的に、施工的にどう単純化し、デザイン的に美しく見せるかにあった、と播氏は当時を振り返る。完成するとまったく分からないが、楔(くさび)の原理を応用し、ドリフトピンを打ち込むことで柱が引き寄せられる仕組みに行き着いたのだ。
この接合法は、「SE(Safety Engineering)構法」と名付けられた。播氏の想いが震災から2年のときを経て、実を結んだのである。

セブン工業との出合い。そしてエヌ・シー・エヌ設立

大型建造物に用いられていた集成材を住宅に、というのは播氏のアイデアだが、1960年代から業界に先駆けて集成材に取り組み、数々の技術を開発してきたのがセプン工業だ。冬季オリンピックが長野で開かれることになり、播氏が「エムウェーブ」の構造設計を担当することになった。このとき、信州のカラマツを集成材にして使うことが決まり、大量に木を加工する必要が出てきた。これを一手に受注したのがセブン工業であった。播氏とセブン工業との出合いはこうしてはじまったのである。
そしてエムウェーブの完成パーティの席で、次は住宅にこれを利用できないだろうか、と播氏はセブン工業の社長に相談をもち掛けた。そこから話がどんどん具体化していったという。少し照れながら、播氏がこういう。
「セブン工業の社長が、僕の社会的な姿勢みたいなものを気に入ってくれたこともあるかもしれない。それ、やろう!って、すぐに積極的に動いてくれましたから…」。

世界初の家づくりシステム

こうして1996年12月、セブン工業と日商岩井が共同出資して、SE構法の普及を目的に、株式会社エヌ・シー・エヌ(NCN)が設立された。NCNは、同社が認定した工務店、ビルダーに、プレカット工場で加工した資材を供給するとともに、設計段階から構造計算を行い、住宅の性能も保証する。
「家の構造にとって、いちばん大切な部分を押さえているわけです。こんなシステムはこれまで日本中、いや世界中のどこを探してもありませんでした。だから、当初は工務店側も戸惑いがあったのでしょうが、いまは着実に浸透してきています」。
NCNの設立後、「住宅品質確保促進法」の制定をはじめ、住宅業界は変革期を迎えている。同社と施工契約を締結した工務店、ビルダーはすでに480社、さらに高度な資格を満たし、「重量木骨の家」を建てることのできる「重量木骨プレミアムパートナー」は72社にのぼる(2006年7月現在)。
「僕は、SE構法でつくる構造を『木骨構造』って、呼んでいます。木でありながら、鉄骨に負けない強さをもった家、ということでね。だから、『重量木骨の家』なんです」と、笑う播氏。
その一方、耐震強度偽装問題で、生活者の家づくりに関する意識も変わってきている。これからも、家づくりを革新するSE構法と、それを具現化する「重量木骨の家」の動向に目が離せない。

プロフィール播 繁(ばん・しげる)

1938年福岡県生まれ。63年日本大学卒業後、鹿島建設入社。80年同社技術長、86年から小堀鐸二研究所を兼務。89年同副部長を経て、KAJIMA DESIGN構造設計部長。98年播設計室設立、現在に至る。主な仕事に「出雲ドーム」、長野オリンピック会場「エムウェーブ」ほかがある。著書に『構造デザインとは何か…The Art is Structual Design』(監訳、鹿島出版会)がある。

エムウェーブ(外観) エムウェーブ(内観)
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愛知万博 北ゲート(外観) 愛知万博 北ゲート(内観)
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