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interview

子育てと暮らしinterview2020.12.21

齊藤 太一

都会から離れた場所で心をリセットするために見つけた、森の中の「家」。第11回は、自然を相手に活動の幅を広げている、造園家の齊藤太一さん。大切な家族、そしてともに働く仲間たちと追求する、オフグリッドな週末時間へ。

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静かな森の中で、大地と呼吸を合わせるような家。

もみじ、白樺、から松、こぶし…。都心からさほど離れていない山中湖では、あらゆる種の木々が静寂の森でひとしれず美しい中秋を迎えている。風が吹くたびに、色とりどりの葉がはらはらと舞っては、パサリと大地に落ちていく。ブルーグレーの外壁の一軒家。切妻屋根から突き出た煙突から、焚きはじめの煙がのぼり徐々に空へと溶けていく。

「はじめてこの家を見た時、シャルロット・ペリアンの山荘みたいだなって、思ったんです」。

ル・コルビジェとともに働き、20世紀を代表するアイコニックな女性建築家の名前。彼女が情熱を注いだ、フランス・メリベルの山荘は、シンプルさとオーガニック、そして人間らしさを極めた空間だ。簡素とも呼べるペリアンのその山荘に共感を抱くのは、片腕に眠った息子を抱く齊藤太一さん。DAISHIZEN代表の齊藤さんは、造園家でありランドスケープデザイナーとして活躍するひと。「SOLSO FARM」などのショップや農場を、全国各地で営み、建築や空間づくりの中で植物主導のあり方を世に打ち出し、自然に寄り添ったライフスタイルを表現し続けている。

もともと、山中湖に別荘を所有していたという齊藤さんは、週末のたびに、その別荘に滞在をしながら次なる新しい場所を探し続けていた。理想としていたのは、子どもたちが自由に走り回れるようなフラットに広がる土地。そして、ともに働く仲間が一緒に遊び集えるような場所。景色を優先する湖畔の別荘地では、良い物件は斜面の場合が多く、なかなか理想とする場所を見つけることができなかったのだと言う。しかし、今年のステイホーム中、ついに1400坪という広さの土地とそこに建つ山荘に運命的に出合ったのだ。

「こんなにも広い土地が、荒れることなく丁寧に守られてきたことに感動しました。草むしりもしっかりされていたし、芝も苔もきれいに生えそろっていた。プロの目から見ても、この場所が本当に大事にされてきたことが分かったんです」。

わずか2ヶ月前に、第4子となる女の子が誕生したばかりという齊藤さん家族はいま、代わる代わるやってくるスタッフやゲストとともに、この森の別荘で週末の時間を過ごしている。新生児の赤ちゃんに加え、7歳の男の子、4歳の女の子、そして2歳の男の子という、4児の父親としても、ここは「緑育」の実践の場にもなっているのだ。

築10数年という中古住宅の室内は、細部まで丁寧に作られていて、齊藤さんの例え通り、木を活かした素朴な山荘のようないい味わいに満ちている。白壁に木枠の窓が優しい雰囲気を演出し、天窓からあたたかな光が差し込むダイニングには、ピエール・ジャンヌレのチェアがいくつも並んでいる。コートフックに掛けられた葉の付いた若木、ラグの上に無造作に置かれた小さな木のスツール。インテリアのそこここに、素朴さだけでなく上質さも宿っている。窓辺に置かれた石ころまでもがアートのような佇まいを見せるのは、まさに齊藤太一流のさりげなさ。

「この場所に出合うまで、年月をかけて多くの物件を見ました。仕事柄、いろんな建築家の建てた家を見てきていますが、この家がとても丁寧に作られたものだと感じました。決して現代的ではないし、奇をてらったデザインでもないのだけれど、しっかりと作られているという、家づくりにおいて最も大事な点をおさえていたんです」。

吹き抜けのリビングを中央にして、左右にはそれぞれ階段があり、ロフト形式の2階部分が設けられている。ロフト上は、寝室や収納になっており、生活の場すべてが1階にまとめられている。2部屋あるゲストルームにはそれぞれ名前がつけられていて、ひとつは「アアルトルーム」、そしてもうひとつは「ペリアンルーム」と呼ばれていた。どちらも、美術館に並んでもおかしくないほどの、名作家具で設えられた部屋だ。まだまだ未完成で育て中だというこの家のインテリアは、家具が大好きでコレクションを多数所有する齊藤さん自身が吟味して、倉庫からこの別荘へと運び込んでいるという。

元々建築が大好きだという齊藤さんは、インテリアへの愛情も深く、有名建築家の名作チェアなどは、現地からボロボロになった状態のものを見つけては、必ずその地で修復を依頼するというこだわりよう。修復といっても、家具についたへこみや傷は必ず残しておくのだという。

「いままで使っていた人の名残を、受け継ぎたいんです。僕は自然を扱っているし、人間の営みもその延長だと思うから。長く持っていたいから、家具の保管にも気を使います。昔、森の中の家に住んでいたこともあったんですが、とても湿気が多くて家具が傷むんです。この場所は、森が多いけれど大きく開けた所があって、室内にちゃんと太陽が入ってくるんです。だから、植物と一緒で、この家もちゃんと呼吸をしているんだなと感じますね」。

ダイニングとガラス窓で隔てた家の中央には、広大な庭へとつながる土間の空間がある。その天井には、地中から掘り出された巨大な根っ子がオブジェとなってつり下げられていた。暖炉には小さな火が灯され、壁際にはずらりと、ランタンやコンロ、鉄鍋、寝袋など、あらゆるキャンプ道具が並べられている。内と外がつながったこの場所に立つと、まるでこの家自身が、持ち主を選んだかのような、そんな感覚になってしまう。

齊藤さんは、2018年に東京・世田谷区に自邸を建てている。その自邸は、パリを拠点に活動する建築家、田根剛氏が設計に携わり、数多くの建築雑誌やメディアからもフィーチャーされた。
「自宅を作るというプロジェクトで、僕としても田根さんとしても、世の中に大きくアプローチすることができたんです。田根さんはあの家の設計によって、大切にされている“アーキオロジー”という概念を新しいやりかたで実践することができたし、僕は僕で、大地と共鳴するランドスケープを見つけ出すことができた。つまり、お互いが大きな発見をしたプロジェクトだったんです」。

家族と暮らす場所だからこそ、自邸の完成はゴールではなく、どこかでスタートでもあったと語る齊藤さん。彼の中では、プロジェクトの余韻や興奮という種火はまだ消えずに残っていて、それはつまり、世の中の都会の暮らしがどうあるべきなのかと、自らに問い続ける日々だったのだ。そんなさ中、ウィズ・コロナ時代へと突入。悶々と時間を過ごす中で立ち戻ったのは、豊かな自然の中で穏やかな時間を過ごすこと。齊藤さん自身にとっても、ともに働くメンバーにとっても、そして家族にとっても、いまそうすることが必要だと感じたのだ。

「そうだ、ひと呼吸おいてもいいんだ、って思ったんです。穏やかな時間を過ごせる場所を作るのに、建築家にはお願いしないけれど、そのかわりものすごく時間をかけて探しました。感覚的には10年以上待ったのかもしれないですね、この山荘に出合うのを」。

緩やかな起伏に沿って、緑の絨毯が遠くまで続いている。遥か向こうを走る子どもたちが、張り終わったばかりの白いテントへと駆け寄ってくる。次々と、会社のメンバーも到着して、バーベキューの準備が進められていく。白樺の木の下では、最近はまっているという、テント式サウナのストーブに火が入れられたところだ。コロナ禍でリモートでつながることが一層増え、直接会うことなく会話や仕事のチェックもできるようになった。でもどこかで“会う”というコミュニケーションを大事にしたいと、齊藤さんは言う。

「会社のスタッフは皆、オフの時間として、この場所を訪れるんです。でも自然に、カタチのいい枝を集めたりドライフラワーを作ったり。そしてそれがディスプレイになっていくんですよ。そうやって“オフ”の時間は、どこかで“オン”とつながっていくんですね。この家は社員だけでなく、クリエイティブな仕事をしているプロたちと、仕事以外の時間を過ごす大切な場所でもあるんです」。

自分自身が楽しんでいないと、新しいことは生まれない。という齊藤さんの言葉通り、この家にはスタッフや仲のいい建築家たちが集い、“新しい暮らしの研究”という名の下に、ひとりひとりが大自然を思い切り遊んでいる。その遊びの中でも、もちろん仕事においても、彼が最も大切にしていることは「地球がちゃんと呼吸できるか」ということ。我々が誕生する遥か前から存在する大地と人間が作り出していくものが、同じ呼吸をすることで良いバランスを生み出していく。

家の中から、そして森の奥から、子どもたちの声に混じって、大人の笑い声が聞こえてくる。その様子を遠くから嬉しそうに眺める齊藤さんは、お昼寝から目覚めたばかりの息子を抱きしめながら、眩しそうに“緑の手”を太陽にかざした。

Profile

岩手県生まれ。造園家、グリーンプロデューサー。15 歳から独学で植物販売や造園を始める。主宰するDAISHIZENでは、「SOLSO」というブランドでランドスケープデザインから設計、施工などを行い、SOLSO FARM やSOLSO PARK、SOLSO HOME などの直営店も展開。農業に関するコンサルティングなども行い、有名建築家とのコラボレーションも多数。