それぞれの層に居場所があるミルフィーユ仕立ての住まい
ダイニングは腰高の壁にして、吹き抜けを介して階下のリビングとつながるプラン。さまざまな角度からお互い交流でき、視覚的な変化に富む。
玄関から上がった3層目は奥に書斎を設けたリビングが。階段を上って右手はキッチンダイニング、左手がライブラリーとして活用する読書コーナー。
1.読書コーナーの下はKさんが作業に集中できる書斎がある。造作したデスクはリビングに接した飾り棚と連結させ、対面で話ができるカウンターとなるように設計。/2.フォトジェニックな天井は勾配の美しさを際立たせるレッドシダーパネリングで仕上げた。
3.リビングの上階、5層目のスペースがダイニングとキッチン。ルーフバルコニーやロフトから光が注ぎ、明るく開放的な家族が集う場所。/4.最上層のロフト。壁に設置したステップで上り下りし、家族の様子を見渡しながら過ごせる子供たちの特等席になっている。
5.ワークトップでドリンクをつくり、お客さまへサーブする。/6.玄関の壁の色は、カラーコーディネーターの奥さまがセレクト。キャビネットの色を引き立てるマラカイトグリーン。奥さまの祖母がお母さまに贈った嫁入り道具の和箪笥を形見として受け継ぎ、宇治の職人のいる家具店enstolにリメイクを依頼。
7.4層目はお嬢さんお気に入りの宙に浮いたような読書コーナー。下階の書斎の気配を感じながらつながり、先が見通せるスケルトン階段を採用。/8.ガレージの上に位置する玄関がK邸の2層目。階段側に開口を設け、自然光を効率よく取り込んだ。
9.ルーフバルコニーは開口側を格子にして開放的に。ハンギングチェアでくつろぐ憩いの場となる。/10.ダイニングのあるフロアまでせり出すように拡張された書棚の横には、デスクを造作し、奥さまの作業スペースとした。各所に心地よい居場所を配した、軽快なリズムがある住まい。
玄関と同じ層にあるフリースペースはカラーコーディネーターである奥さまのサロン、ときにはゲストルームとして活用する庭に面した明るい部屋。
西側のビルドインガレージを1層目として6層にフロアが重なるK邸。モダンでシックな外観は歴史ある住宅街になじむ。
空間を有効に、クリエイティブに活用した6層が連なる家
京都府南部に住むKさんは食品の製造だけでなく、飲食関連の産業に携わる経営者。飲食店のプロデュースやレシピ本の出版まで行うクリエイターでもある。そんな創造性豊かなKさんの高校時代からの夢は自邸の設計。工学部へ進み、建築デザインを学んだ。“一級建築士の資格をもつ食の専門家”という稀有な経歴を生かし、子供時代から縁ある地に自宅の新築を決めた。
思い浮かんだのはミルフィーユのように何層にも折り重なる家だった。「料理やお菓子づくり、絵を描いたり、ボードゲームに熱中したり、家族がそれぞれ自分の好きな時間を過ごす居場所を、気分によって選べる住まいが理想でした」とKさんは語る。また高身長なご夫婦だけに、閉塞感ゼロの縦方向への空間の広がりも強く望んでいた。加えて南東向きの広い前面道路に面した傾斜地。その段差を生かして、ピロティ型駐車場を側道側に。「日照のいい大通り側を前庭とゲスト用の車2台分のパーキングとし、敷地を『使いつくし』ました」とKさん。駐車場を抱き込み、スキップフロア全体が階段でつながっている。駐車場の上部となるリビングの壁面には書棚を造作し、4層目には読書コーナーを。最上層のロフトからは食卓やリビングが見渡せる。また、庭やテラス、ルーフバルコニーなど、内外をつなぐ中間領域を各所に配し、風や光を通す装置とした。
「木造でありながら高い耐震性と自由な空間構成が可能なSE構法は、以前から注目していました。この敷地のような無茶な要件でも叶うだろうと、SE構法ありきで設計を進めました」とKさんは語る。自邸を自ら設計するという夢に向け、Kさんがパートナーとして選んだのが、住まい設計工房。知識や資格を得ていたものの、建築業界での実務経験はなかったKさんの不安を払拭すべく、詳細設計のサポートと施工を請け負った。「私たちはKさんのイメージを具現化するだけでした」と住まい設計工房の蘇理裕司さん。とはいえ、現場で培った経験と実績がある。住まい設計工房は高台にある眺望のいい家づくりを得意とし、傾斜地の設計も多数ある。土地のクセを見抜き、土地の魅力を最大限に生かして、その弱点をカバーするにはどうしたらよいかなどの的確なアドバイスが得られたという。「ロフトの納め方、本棚や造作の机などもすっきりと収まり、満足しています」とKさん。複雑に思える階段の設えや、北側車線規制最大の傾斜大屋根の仕上げも見事だった。
休日は自宅でも思いついたレシピを試作し、食卓を囲む。話題となった抹茶×チーズ、抹茶×フルーツなど、斬新ながら華やかで美味なMATCHAドリンクもその1つだ。「食べる瞬間だけではなく、つくる過程や待つひとときにも『おいしい時間』は流れていると思います」とKさんは語る。スキップフロアが連なる独創的なアイデアと、細部まで妥協しない匠の技で実現したK邸。この立地でしか実現できない眺望と採光に恵まれた、外までつながる空間となった。
目の前の状況に真摯に向き合い、斬新な視点を加えてさらに新しい価値を生み出していく──。そんな設計アプローチは、Kさんの食に対する向き合い方と共通している。
取材・文/間庭典子
K邸
設計施工 | 住まい設計工房 | 所在地 | 京都府南部 |
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家族構成 | 夫婦+子供2人 | 敷地面積 | 210.28㎡ |
延床面積 | 179.70㎡ | 構法 | 木造SE構法 |